ベーシック・インカムと「勤労の義務」

 憲法学では、憲法27条1項が規定する勤労の義務と憲法25条との関連で、勤労の義務を果たさない者、すなわち、勤労の能力があり、その機会があるのにかかわらず、勤労しようとしない者に対しては、国は、その生活を保障する責任を負わないと解する説が、有力説ないし多数説である(野中他『憲法Ⅰ』有斐閣〔野中俊彦執筆〕、遠藤美奈「『健康で文化的な最低限度の生活』の複眼的理解」斉藤純一編著『福祉国家/社会的連帯の理由』ミネルヴァ書房)。その意味で、最近わが国で注目されているベーシック・インカムの構想も、それが稼働能力ある成人も含め一律に金銭給付を行う趣旨であれば、わが国憲法構造下での実現可能性はきわめて低いといわざるを得ない。

菊池馨実「社会保障の規範的基礎付けと憲法」『季刊・社会保障研究』第41巻第4号、317頁注21


 憲法27条1項が定める勤労の義務は、勤労の能力ある者がその機会があるのに勤労しないときには、生存権や労働の権利の保障を国に求めることはできない、という限りで法的意味を持つ(生活保護法4条1項、雇用保険法32条1項、2項)。

樋口陽一憲法創文社、169項


 憲法27条1項は国民の勤労義務を定めている。これは、人が労働にいそしむべき道徳的義務を負うことを宣言しているにとどまる。金利などの不労所得によって生活することを法律で禁止し、勤労を法的に強制するならば、かえって憲法18条および19条違反の問題を生じよう。また、勤労所得と不労所得の区別自体きわめて困難である。(中略)
 生活保護法4条1項や雇用保険法4条3項が、生活扶助や失業保険金の給付の前提として、働く能力や意思の存在を前提としていることを、憲法の定める勤労の義務の帰結とする見解も存在するが、勤労の義務が憲法上定められていない限り、このような規定に憲法上疑義が生ずるとするのであればともかく、そうでない限り、この種の規定は立法裁量に委ねられたものであって、勤労の義務が憲法に定められているか否かとは関係がない。

長谷部恭男『憲法(第3版)』新世社、105-106頁


 ふーん。

追記(9月22日)

 濱口先生のご教示。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_90fd.html
 長谷部説ではまずい、ということでOK?
 でも基本書って判例の話はあっても立法過程の話まではあんまりないよね。
 古き良き労働・社会政策畑の人間はそういう話好きだったんですが(イギリス労働・社会政策についての戸塚秀夫・中西洋ら大先生がたの業績、下っては治安警察法についての上井喜彦、戦後労働法についての遠藤公嗣、戦後社会保障社会福祉制度についての菅沼隆といった諸氏のお仕事とか)、最近は流行らんのかな……。