東京大学教育学部教育学特殊講義「統治と生の技法」
第2回目というか実質的に初回。(ちなみに昨日の戸塚の「社会学」は台風で休講。)
ある時期までプリントを配るということをしていたのだが、何だか紙ごみを大量生産しているだけという気がしてきて、ここしばらくはもっぱらしゃべりと板書のみ。事前に用意したメモも自分用にのみ用いて、折を見てネットにアップする、という風にしている。今年度は自作教科書も用意したし。
今日は感想を書かせたら「パワポもプリントもない講義は新鮮」との声が。うーーんとね、パワポ使わないのはめんどくさいから(だけ)じゃないよ。
http://d.hatena.ne.jp/optical_frog/20080129/1201557684
ということで配らなかったメモを少しだけ公開しよう。受講者でここを見てる人はお友達に教えてあげてもいいし、あげなくてもいい。ぼくからアナウンスするかどうかは知らない。
*マルクス主義の不健全さ
参考:拙稿「何故しぶとく生き延びるのか ゴキブリとマルクス」『諸君!』2005年8月号(http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20080618/p1)
拙著『経済学という教養』第7章
松尾匡の四象限図式(『対話でわかる痛快明解経済学史』日経BP社、16頁)を見てみよう。
市場肯定派 市場批判派
経済学的発想 A B
反経済学的発想 C D
松尾の言う「経済学的発想」とは簡単に言えば「プラスサムは可能であり、決して異常事態ではない」という考え方であり、「反経済学的発想」とは「世の中は基本的にはゼロサム、ないしマイナスサムになっている」という発想である。
Aは古典派、新古典派といったメインストリームの経済学がその典型。ケインズはAでもありBでもある。
マルクス、そして正統派マルクス経済学はBであることに注意。「絶対的窮乏化」概念をめぐる不明瞭な点は残るが、基本的にはマルクスは資本主義市場経済をプラスサムの装置と捉えていた。
Dは素朴な左右の共同体主義的反市場主義である。少なからぬ新左翼はここに入ってしまう。ローザ・ルクセンブルグにもその疑いが濃厚である。
Cは「国際競争力」論者と考えればよい。いわゆる「構造改革」論者にも多い。左翼がイメージする「ネオリベ」の多くは語の本来の意味でのネオリベラリストよりもむしろこの手の連中にこそ当てはまる。
正統派のマルクス主義とは資本主義に対してアンビバレントな感情を持つ危うい立場であることは言うまでもない。そして正統派のマルクス主義者が、資本主義を支持する右翼やリベラルより新左翼――自分以外の左翼に対して敵愾心を燃やすのも、決して理由がないわけではない。(「ニセ左翼」なる物言いはためにするものとは言え。)
しかしながら新左翼の愚かさに対してマルクス主義の知恵と正しさを称揚すればよいというわけではもちろんない。新左翼は愚かだが健全である(一貫して裏表がない)のに対して、マルクス主義には不健全な屈折があり、それがやがて自らを滅ぼした。マルクス主義は資本主義の強さを強調することで自己を他の左翼から差別化し、自らの正しさ、強さによってではなく資本主義のそれによって他の左翼を批判し否定していたのだが、実は「自分こそが資本主義を超える立場である」という自負は空手形に過ぎなかったのである。
マルクス主義者の資本主義に対するアンビバレンツは、理論的なあいまいさに直結する。マルクス主義は「問題はシステムにあり、悪者探しをしても仕方がない」と論じる一方で、システム自体を否定しそれを克服しようとする。そしてシステムの存在から利益を得ている階級と相対的に不利な立場におかれている(しかし絶対的な水準では受益者なのだが)階級との間に対立を想定し、システム変革と階級闘争を直結させようとする。つまり実質的に「悪者探し」に堕しやすい構造を持っている。
そこに更に段階論、後期資本主義論の罠が待ち構えている。後期資本主義論とはつまり帝国主義論、国家独占資本主義論、組織(化された)資本主義論であるから、「悪者」を想定しやすいロジックになってしまうのだ。
後期資本主義論とは結局「近代の堕落」論である。そもそもマルクス主義自体が、(ことに日本で言えば「市民社会派」のストーリーにおいて典型的だが)「近代の堕落」的な構図をもともと持っていることを忘れてはならない。「市民革命は資本家支配によって裏切られる」というわけだ。「本源的蓄積」論にしたところで、プロレタリアートの歴史的起源をプチブルジョワジーの没落に求めるという構図である。後期資本主義論はそれに加えて「労働貴族」論や「帝国主義」論、「大衆社会」論を加えて、19世紀に階級的に力をつけたはずの労働者の弱体化、体制内化というストーリーを描く。
しかし実際にはこうした議論は「遠近法的倒錯」の上に成り立っている疑いが極めて強い。
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