中途半端な感想

ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

 まだ一回通読しただけですが。


 拙著『「公共性」論』において真面目に考えていなかった問題があったことに、本書のおかげで気がついた。真綿でくるみこむような超管理社会ユートピアに対する反抗には、よき公民からの「市民的抵抗」のみならず非行少年からの「理由なき反抗」もあるということ。後期J・G・バラードのテーマですか。宇野常寛君に「セックスやバイオレンスの話がない」と言われたことと関係あるのかしら。(ところで宇野君ご高著ご恵投いただけませんか?)
 しかし山形浩生も『コンクリート・アイランド』の解説で述べているとおり、この時期のバラードが何となく失速している感じがするのも事実なんだな。
 ちなみに拙著の議論は「理由なき反抗」によって完全につぶされるかというとそんなことはなくて、原理的にはいかなる「市民的抵抗」も「理由なき反抗」も先回りして空転させることは可能だ、という議論にはなっているはず。


 あと気になった点を一つ。
 ソーヤーのネアンデルタール三部作(読んでない)と同様、意識の消滅というか全人類の(チャルマーズ的意味での)ゾンビ化のアイディアがポイントなんですが、ひとつ疑問。
 意識と自由意志って別個の概念でしょう? なんかそれがごっちゃになってるな。人間から自由意志をなくす話が、いつの間にか意識をなくす話になっている。
 まあ意識と自由意志との関係が明けの明星と宵の明星との関係みたいなものだという可能性はあるけれど、その場合は論証が必要になるというか。

追記(4月20日

 と思ったらバラードもなくなりましたね。

コンクリート・アイランド

コンクリート・アイランド

 絶版だそうなので、山形解説をリンクしておきます。この解説は見事。『殺す』とか読んだらまさにそのとおりの作品だったなあ。
 まあ根がお子ちゃまなぼくには、バラードはあんまりピンと来なかったのでろくに読んでないのだが、あえてあげれば
ハイーライズ (ハヤカワ文庫 SF 377)

ハイーライズ (ハヤカワ文庫 SF 377)