宇宙における財産権と主権をめぐる雑想1

 『宇宙倫理学入門』には書けなかったことを少し考えてみる。

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 よく知られているようにアメリカ合衆国は2015年に商業宇宙打ち上げ競争力法を制定し、月や小惑星など地球外の天体・宇宙空間で発見した資源を、発見者が私的に自由にできる――占有、所有、使用できる権利を認めた。端的に言えば宇宙開発における「民間活力」の大幅な導入に道を開いたわけであるが、その含意は実は不透明である。


 まずは基本に立ち返ってみよう。
 今日の状況の中では、私人がある物を所有したり占有したり、つまりは財産権の対象とすることと、そのものがある国家主権のもとにおかれていることとは、基本的には別個のことである。またこう考えてみるならば、我々は物を最低限でも二つのタイプに分けておかなければならないことは明らかだ。すなわち、私法的、民法的な言い回しをすれば、動産と不動産と、にである。動産の場合には、それがどの国家主権のもとにあるか、はそれほど深刻な問題とはならない可能性が高いが、不動産の場合にはそうはならない。不動産は現代の主権国家制度の下では、普通専一的かつ排他的にどこかひとつの国家に属し、その管轄下におかれる。一般的な国家においてはその管轄下の不動産を外国人、その国家の管轄外の私人が所有することが認められることが多いが、それでも通常、内国人に対するそれよりも厳しい制限が課される。簡単に言えば我々は公法と私法の区別をしなければならない。
 これと関連して、やはり民法的な言い回しをすれば元物か果実か、という違いもまた問題となる。たとえば農地という不動産にして現物から、農作物という動産にして果実が生じる。重なり合うことも多いが微妙にずれるこの「不動産―動産」の区別と「元物―果実」の区別の意義は案外と大きい。果実は具体的には、農作物や鉱物、工業製品であっても素材や大量生産品、いわゆるコモディティであって、個性を持たないものである(多くの場合物質名詞で指される種類物である)ことが普通であるのに対して、元物は無個性であることもあるが、唯一無二の個性的な存在であることも多い。不動産は大体において元物であるが、動産は多種多様である。その中には「資本」として果実を生む元物となるものもあり、そうした動産は個性を持つことが多い。こうした「元物―果実」、あるいは個性的個体―無個性的種類物の区別は、不動産―動産の区別と同様に、公法上の扱いと私法上の扱いの違いにかかわってくる。


 今回のアメリカ合衆国の立法の分かりにくい点は、財産権の対象となりうるものとしての宇宙物体を、どのようにとらえているのか、である。典型的には小惑星から有用な鉱物資源を採掘する場合を考えよう。ここで、採掘した鉱物を採掘者の所有物として構わない、というのはわかる。しかしここからどこまで拡張されるのだろうか。採掘された鉱物は無個性的な種類物、コモディティであって果実である。では問題の小惑星の方はどうか? 小惑星丸ごとではなくその一部分でもよい。月や他の惑星・衛星上の鉱山ならそちらが普通だろう。この鉱床、鉱山の方は果たして所有権の対象となりうることが想定されているのだろうか? おそらくはそうであろうが、今回の立法では実は判然としない。つまりこの二つの水準の区別――鉱物=果実=動産と鉱山=元物=不動産との区別をきちんと考慮していないように見えるのだ。しかし我々はどこまで私人による財産権の対象の拡張を認めるのだろうか? 掘り出した鉱物資源を私人の所有権の対象とするのは構わないだろう。しかし鉱山の方はどうか? 鉱山を含めた天体の一部分については認めたとしても、天体全体はどうか? 小惑星なら可だが惑星は不可、とかいった区別を設けるのか?
 実際問題として、いろいろな枠組みが考えられるはずだ。鉱山総体にまで所有権を認めるという考え方もありうる一方で、採掘権は認めても所有権は認めない、といった考え方もありうる。


 もう一つ、それ以上に厄介な点は、今回の立法でアメリカ合衆国は、合衆国市民や合衆国に籍がある企業の、人工物ではない自然な宇宙物体に対する財産権を認めたわけであるが、そのことは直ちに、それら物体に対するアメリカ国家の主権、管轄権を及ぼすことまでを意味するのか? である。そのあたり今回の立法の射程は、どうにも不分明である。今回の立法が衝撃を以て受け止められた理由の一つは、宇宙条約2条の「月その他の天体を含む宇宙空間は、主権の主張、使用若しくは占拠又はその他のいかなる手段によっても国家による取得の対象とはならない。」との関係である。月協定の方には11条3でより強くはっきり、「月の表面文は地下若しくはこれらの一部文は本来の場所にある天然資源は、いかなる国家、政府間国際機関、非政府間国際機関、国家機関文は非政府団体若しくは自然人の所有にも帰属しない。」とされているが、月協定はもともと、加盟国はわずか14か国であって、合衆国その他主要な宇宙開発当事国によって批准されてはいない。今回の立法はよりはっきりとその拒絶を意味しているとはいえる。しかしながら宇宙条約の方は当事国は101であり、合衆国もその中に入っている。となると今回の立法は、宇宙条約との整合性をとるか、あるいはこちらの方もあからさまに棄却するかのどちらかである。
 宇宙条約2条との整合性を重くとるならば、合衆国はその市民(企業を含む)の宇宙における他天体由来の物に対する財産権を認め、必要とあらば保障する(その所有権等をめぐって争いが生じた場合に裁判権を行使する、等)としても、等の物体それ自体に対する主権は主張せず行使しない、という発想に行きつく。それは鉱物資源に対してはある程度うまくいくかもしれない。しかしながら鉱山、つまりは小惑星やその他自然天体の一部ないしは総体の場合にはどうだろうか? 深刻な紛争はむしろこの場合にこそ生じるだろう。では、そこでの裁判権の管轄の問題はどうなるのか? 合衆国の裁判権を主張するのか、それとも特別な国際宇宙裁判所を設立するのか? 

宇宙法 ハンドブック Space Law Handbook

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