パンピー向けの書き物が少ないアセモグルーですが、こちらで公開されている公開講義用スライドの文章のみ、ざっと翻訳してみました。Typoも気付いた限りで直しました。
ここまでは前振り、といった感じで、「方向づけられた技術進歩」や「制度」についてのアセモグルー自身の議論が炸裂するのはこれからのようです。
誤訳等お気づきのことがあればご教示ください。アセモグルーといえば2chでうろうろしている若い院生諸氏の間でもアイドルのようなので、どなたでも遠慮なくお願いします。
なおoptical_frog氏による翻訳;
D. アセモグル & J. ロビンソン「民主主義の経済的起源について」
ダロン・アセモグル「人的資本政策と収入分布:分析のフレームワークと先行研究の検討」【アブストラクト】
スライド1
人的資本と技術進歩の本質
ダロン・アセモグルー
アストラゼネカ&ストラエンソ講義
ストックホルム、2003年12月11日
スライド2
アウトライン
・人的資本の直接的効果
・技術進歩の重要性
・人的資本と集計的技術進歩率
・人的資本と技術進歩の方向
・制度、人的資本、技術
スライド3
諸国民の富
・過去200年における世界の多くの場所における一人当たり所得の驚くべき成長。
―例:合衆国における一人当たり所得は1990年のドルに換算して、1820年の1200ドルから、今日のおよそ30,000ドルにまで上昇した。
―同時期の西欧における平均所得は1200ドルから18,000ドル以上にまで上昇した。
・しかしながら、変化は均一ではない;国ごとの大きな差異。
―アフリカにおける平均所得は1300ドル前後。
―そして何カ国かにおいてはそれをはるかに下回る;タンザニア、シエラレオネ、ニジェールでは550ドル前後、ザイールではそれ以下。
スライド4
なぜか?
・“根本的な”回答:制度、地理的条件、文化、幸運――後論する。
・“至近的な”回答(経路channelと力学mechanics)
1.物的資本
2.人的資本
3.“効率性”
・成長はより多くの物的・人的資本、より高い効率性に伴われる。
・貧困国はより少ない物的・人的資本しか持たず、効率性が低い。
スライド5
人的資本
・労働者の技能skillと能力competency
―物的資本のアナロジー:企業が機械設備に投資し、人的資本を形成するのと同様に、労働者も人的資本を形成するため、自分の技能に投資する。
・主たる構成要素:教育
―人的資本のうちの大きな部分が、教育を受けてはいないにもかかわらず。
―なぜ労働者は人的資本に投資するのか?
―Gary Becker:市場における報酬のために(新しい機械設備に投資する二つの企業と同様に…)
―よりよい教育→よりよい市場での賃金
スライド6
人的資本と成長(1)
・人的資本の効果の二つのタイプ
1.私的収益:労働者はより生産的になり、それゆえに市場で報われる
2.外的収益:他の労働者もより生産的になる
―例:教育を受けた労働者は、他人にも利用できるアイディアを生みだす。
―問題:もし私がMITで同僚たちのためにアイディアを生みだしたとして、これは外的収益だろうか?
・私的収益も外的収益も成長に貢献する。しかしどの程度? 成長の原動力とは?
―長期的成長と各国間の差異の原因を、人的資本の差異に求められるのか?
スライド7
人的資本と成長(2)
グラフ縦軸:合衆国と比較しての、労働者一人当たり産出の対数
横軸:修学年数
スライド8
人的資本と成長(3)
・上記の数字は教育の一人当たり所得に対する因果的効果を表すものなのか?
―対数(一人当たり所得)=TR×修学年数
―TRの値はおおむね0.35-0.4→修学年限1年増えるごとに一人当たり所得が35-40%増える
・私的収益プラス外的収益?
・私的収益を計測する:
―Mincer回帰(Jacob Mincer, Gary Becker):
―対数(賃金)=PR×修学年数+統制変数群
―推定値:PRの値は6%から10%
・そうすると外的収益は25−35%でなければならない
スライド9
人的資本と成長(4)
・外的収益を計測する
―対数(賃金)=PR×修学年数
ER×平均修学年数+統制変数群
―労働市場における平均修学(すなわち、地域レベルでの外的収益の推定値)
―合衆国各州間の差異を用いた推定値:ERはおよそ7−10%、まだ小さすぎる。
―しかしながら、これは正しい推定値なのか? アラバマに比べて相対的に高いニューヨークの賃金が、より多くの教育を受けた労働者を引き付けているのか(逆の因果性)、あるいは他の要因か(除外された変数)
スライド10
人的資本と成長(5)
・ERを推定するには、州の平均修学における外生的な変化を利用する必要がある。
・Acemoglu and Angrist(2000):修学強制と児童労働法制における過去の変化を利用。
―法規制が強まると、修学年数は増える(高校中退率が低まる)
・ERの推定値はより一層低くなった:1%から2%の間。
・修学に対する総収益率は6-12%。
スライド11
人的資本と成長(6)
・(修学に対する?)総収益率は6-12%:かなり確実な議論。
・しかしながらこれだけでは、各国ごとの差異を説明する主な近似経路の一部でしかない。
・実際には、人的資本を計測するためには修学年数以上のものが必要である。
―おそらくは学校教育あるいはオン・ザ・ジョブ・トレーニングの質における差異がさらに重要である。
―しかしながら、現存する証拠は、これらの源泉からの効果は限定されたものであることを示唆する。
・これらの結論は時間を通じた成長の源泉についてのSolow会計と整合的である。
スライド12
人的資本と成長(7)
・Solow会計:規模に関する収穫一定の生産関数と、競争的な要素市場の下で
一人当たり産出の成長率=a×一人当たり人的資本の成長率
+(1−a)×物的資本の成長率
+総要素生産性上昇率
―aは労働分配率(例:0.66[原文の「%」はミス?])
―総要素生産性(TFP)は用いられた生産要素あたりの効率の尺度であり、(1)技術、(2)生産組織、によって規定される。
・結果:人的資本は重要であるが、それは長期的成長の物語の一部でしかない。
・TFPの成長は重要である。
スライド13、14
成長会計、要因分解の表(ソースは不明。Barro & Sala-I-Martinか?)
スライド15
人的資本と成長(8)
・Hall and Jones:Solow会計を各国間比較に適用。
・時間を通じた成長分解について、同様の結論に:
―人的資本、物的資本、TFPは重要
―TFPなしには、おおかたが説明されずに終わる。
スライド16
人的資本と成長(9)
TFP・対・労働者一人当たり産出
グラフ縦軸:TFP
横軸・一人当たり産出
スライド17
人的資本と成長(10)
・以上はアフリカの経験とも整合的;
教育の増大と低成長。
・Pritchett:サハラ以南アフリカ諸国の多くにおける、教育を受けた労働者の供給の成長は、賃金雇用の成長を上回っている。
―仕事口も技術もなければ、教育からの収益はほとんどない。
・結論:一般的には、教育からは実質的な収益がもたらされるが、教育は魔法の弾丸ではない;TFPと物的資本の成長もまた必要。
スライド18
表:サハラ以南諸国のデータ
スライド19
人的資本と技術
・ミッシング・リンク:人的資本と技術
・人的資本に伝統的に割り当てられてきた役回り:労働の効率を上げる。
―付加的な経路:より多くの熟練した科学者たちが増えれば、技術進歩は早まる(ローカルなものではなく、グローバルなスピルオーバー)
―人的資本→TFP
・Schultz, Nelson-Phelps:人的資本に新たに割り当てられた役回り:
―適応力を増し、新技術を扱い能力を増す。
―人的資本→TFP
―Foster-Rosenzweig:インドにおける教育と緑の革命の関係
スライド20
技術―技能ミスマッチ
・Acemoglu-Zilibotti:
・技能ある/教育をうけた労働者によって、OECD諸国で用いられるようにデザインされた技術を、低開発諸国は輸入している。
・労働者が技能を欠いていれば、効率は失われる。
―インドと日本におけるカミンズ社の例。
―日本への適応には成功したが、インドでは失敗した。熟練した管理者とライン労働者が欠けていたからである。
・また、技能の欠如ゆえに、低開発諸国では新技術の普及もゆっくりになる。
・人的資本→低開発国におけるTFP
スライド21
人的資本とTFP(1)
グラフ縦軸:Hall-JonesによるTFP(対数)
横軸:大卒労働者の割合
スライド22
人的資本とTFP(2)
・結論:人的資本の経済成長に対する直接効果はたしかにあるが、それはお話のすべてではない。
・TFP(技術と効率)もまた重要。
・人的資本とTFPの間には重大な連関が潜在している。
・将来の研究領域:こうした連関の重要性を経験的に検証する。