論点を(また)整理するよ。

 「リフレ派と左翼」問題についてはsvnseedsさんところで大体筋は見えたと思うよ。文句がある人、特に「dojin君一人でかわいそう」と思う人はあっちに行って加勢して下さい。ぼくはもう言うべきこと言ったよ。なおhttp://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20051122#c1132716337は現時点でのぼくのラディカリズム観と見ていただいていいよ。別にこれはシニシズムの勧めじゃないよ。


 もともと内藤朝雄の『図書新聞』の「お前もニートだ」の趣旨は、リフレ派の田中秀臣や私のニート問題観とそれほどくいちがってはいない。それどころか『SIGHT』別冊ブックレビューでの山形浩生の「なんで俺の税金をニート様のためにつかわにゃならんのだゴルァ」とさえも結論的には一致する。つまり「放っておけ、放っておくことが最高のエンパワメントであり、いわゆる「エンパワメント」は囲い込み、学者・役人・教育者・ソーシャルワーカーマッチポンプ的ネタ作りに他ならない」である。
 もちろん現時点での「ニート」層の中には、景気が回復しても就労・就学できない人々が一定数混じっており、その中には支援を必要としている人々もいるかもしれないが、少なくともそれは昨今の若年雇用問題の核心にはない。今日の若年雇用問題の焦点は労働需要サイドにこそある――この判断は共有されていたはずだ。


 ところがここから、つまり労働需要をいかに喚起するか、をめぐってひとつ対立が生じる。リフレ派としては基本的にマクロ的総需要を喚起して、そこから派生的に労働需要を喚起するという提案をするのみであるが、内藤、そして本田由紀の場合には(どうも不分明なところが多いが)、労働需要の直接的主体たる雇用者、企業の構造改革を望んでいるように思われる。更に本田の場合は、そして最近では内藤の発言においても、これに加えて学校教育における職業教育的側面の見直しを含めて、労働市場構造の総体的な改革が展望されている。


 そうなるとリフレ派には、逆説的にも、内藤や本田と玄田有史との区別がうまくできなくなってしまうのではないか。少なくとも私はそうである。ことに労働市場改革を強調されると、それもまた一種の「エンパワメント」としか理解できない。そして玄田に対する批判も一種の近親憎悪に見えてくる。つまり無反省に(あるいは確信犯的に)エンパワメントを高唱する玄田に対して「恥を知れ」と言っているだけであり、自らは恥を知りつつつつましく別様の「エンパワメント」を構想している――と。
 たしかに、時にニート層の人々自身の「責任」を問う方向にぶれる玄田に対して、あくまでもそれを否定しようとする内藤、本田の気分には共感できるし、それは健全だと思う。しかし代わりに企業や学校の「責任」を問い、そこに問題の核心を見出すのであれば、筋違いではないか、とリフレ派としては考えざるを得ない。仮にそうした不毛な「悪者探し」をするのではなく、誰も責任を取らない/取れない隙間に落っこちてしまった人々のエンパワメントを目指すのだとしても、それは要するに再分配であり、そのための財源を十分にとりたいのであれば、やはり先立つものは金であり、景気総体の回復である。


 そうした「隙間」をなくし、不景気などのショックに対してロバストな経済・社会構造を考える、という課題はそれ自体としては興味深いが、それは今さしあたっての問題ではない。それはまさに長期的な課題としてしかありえない。(おそらくはいかなる意味での「隙間」もまったく無い社会などありえず、そのような「隙間」に対して我々に、究極的には、小手先の対症療法しかなしえない。もちろん「隙間」のできにくい社会を創る、ということの意義を否定するものではまったく無いが。)個人的には、不況をしのぎやすい経済社会は、逆に好景気の恩恵を受けにくい社会なんではないか、とも危惧する。(『教養』第8章参照。)これは多分平等主義とも関係しそうだ。
 内藤のリバタリアン左派的な未来像も、また本田のトランジションとレリバンスについての議論も、基本的にはこうした長期的な射程の話、と考えるべきであろう。まさに(循環ならぬ)構造問題だ。

ホガースの版画とその時代

出ぶろぐ経由、馬場靖雄さんのコメントから。
http://www.daito.ac.jp/gakubu/keiei/Institute/symposium/index.html


「ホガースの版画とその時代」
開催日時
 2005年12月2日(金)・3日(土) 10:00〜16:00(3日は15:00まで)
会場
 大東文化大学 板橋校舎 中央棟多目的ホール
入場無料
 外部の方の入場を歓迎いたしますが、ご来校の折は正門受付に一声お掛けください。
概要
 18世紀イギリスで活躍したウィリアム・ホガース(William Hogarth)は、油絵画家であるだけでなく、銅版画(エッチング)により当時の世相を風刺しことでも有名な人物です。写真のない当時、王侯貴族や庶民の生活を鋭く掘り込んだ版画は、万巻の書物に勝る情報を提供してくれます。
 今回は、本学の大河内暁男教授所蔵の貴重な作品50点余りの展示と、ホガースが描く18世紀イギリス社会などについての講演を行います。
講演会
 12月2日(金)13:00〜14:00
 大河内暁男氏(本学経営学部教授)講演
 「問いかけるホガース」

 12月3日(土)10:40〜12:00
 森洋子氏(明治大学教授)講演
 「ウィリアム・ホガース−18世紀イギリスの社会と道徳を描く」

主催
 大東文化大学 経営研究所
 Tel:03-5399-7328


大河内暁男先生の個人コレクション公開。素晴らしい。