「社会学2」講義メモ(10月4日分)

本日の範囲:教科書 第1講「理論はなぜ必要か」

社会学入門 〈多元化する時代〉をどう捉えるか (NHKブックス)

社会学入門 〈多元化する時代〉をどう捉えるか (NHKブックス)


擬似相関の罠に陥らずに因果関係を見出すことが大切――というのはいいけれど、「因果関係」ってそもそも何?


「出来事Aが出来事Bを引き起こす」「法則Xが出来事αを引き起こす」


法則というものはそもそも観察不可能で、出来事間の関係といった形でしか定義できない。


観察可能なのは出来事だけで、関係は観察できない(単なる偶然≒単なる相関かも!)


つまり……。


因果関係自体は実は直接には観察できない!


一時期は「因果関係自体は心理的なもので客観的には実在しない」という説が有力だったくらい。


現代最有力の「因果関係」についての理論は、何と20世紀後半にやっと出来上がったもの。
哲学者David Lewis (1941-2000)


「xがyの原因である」とは……
「同じ状況で、もしもxが起こらなければ、yは起こらなかっただろう」


でも、「もしも」って何よ?


「もしも……だったら、――だったろう」という感じの文章を、Counterfactual Conditionalと呼ぶ。日本語では「反実仮想」ないし「反事実条件法」。


反事実?


ルイスは以上について、「可能世界possible world」という概念を用いて、こんな風に言う。


「この現実世界においては、xが起きて、それに引き続いてyが起きた。これは単なる偶然かもしれない。そこで、この現実世界とはほんの少しだけ違ったたくさんの可能世界について考えよう。これらの可能世界では、xが起きている世界もあれば、起きていない世界もある。それらたくさんの可能世界の中で、xが起きている世界ではyも起きており、xが起きていない世界では、yも起きていなければ、xはyの原因であると言ってよい。」


もっと簡単に?言うと、
「この世界ではxが起きてそれに続いてyが起きているのに、この世界とはxが起きていないという一事を除いては全く同じであるほかの可能世界においてはyが起きていないなら、xはyの原因である。」


この理論は画期的なものとして評価されているが、とんでもない問題も抱えている。それは何かというと――
反事実というか現実世界とは別の可能世界という代物は、その定義上絶対に観察不可能であるということだ!


どうしよう――?


だから我々は統計的手法を使ったり、実験を行ったり、さらには理論を使うのだ。