「社会科学基礎論に関する2,3の話題提供」@東大社会学 メモ

 今日あたりから思想史に……。
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 今日の「市民社会」という言葉、これは英語の"civil society"、フランス語の"société civile"、ドイツ語の"bürgerliche Gesellschaft"におおむね対応すると言ってよいが、その構成員を意味する言葉である日本語の「市民」、英語の"citizen"に対応する語の方は、ドイツ語では"Burger"で、フランス語には"citoyen"と"bourgeois"という二つの表現がある。後者は英語圏にも外来語として入ってしまった。そして日本では、特にマルクス主義文献においてはしばしば"burgerliche gesellschaft"は「ブルジョワ社会」と訳され、「市民」とはややニュアンスの違う言葉として――「資産家」というほどの意味において「ブルジョワ」なる語が定着してしまった。


 今日我々がもちいる「市民社会」という語の使い方の原型は、おおむねG.W.F.ヘーゲルの『法の哲学講義』のそれに求めることができるだろう。国家とは区別される民間civil社会という意味における「市民社会」の概念をある程度はっきりと打ち出したのがヘーゲルだからだ。
 しかし『法の哲学』の「市民社会」章をみると、市場を介した分業体系を論じる「欲求の体系」、実定法と裁判制度を論じる「司法」、そして公共政策と民間の結社・団体を論じる「内務行政と同業団体」に分かれている。今日の我々にとってみれば、現代的な意味での市民社会論にあたるのは「欲求の体系」のみであり、司法制度や公共政策はむしろ統治論、国家論の課題ではないか、と思えてしまう。
 つまりヘーゲル自身の言葉づかい、概念系の中では「市民社会」とは――「政府」とは別かもしれないが――「国家」とは別の存在ではなく、「国家」の部分、構成要素、あるいはその一側面のことなのである。ヘーゲル自身も「市民社会は外的・悟性的国家である」と述べている。だから市民社会の中に司法機構や行政機構が含まれていても構わない。ただそれは「欲求の体系」に対して外在的で、一方的に介入する「政策」の主体ではあっても、公的意思決定としての「政治」の主体ではない。言うまでもなく「政治」の場は本来の「国家」、「理性的国家」である。
 「欲求の体系」は民間人が自由に振る舞い、関係を取り結ぶ場であるが、それは「見えざる手」には導かれておらず、貧富の差を拡大し、ことに貧困者における堕落を生むので、公共政策による統制、更には民間の自治団体による連帯的支援を必要とする。かといって、自由なくしては、商業も工業も発展しないし、後述の官僚も育たないので、自由そのものが配されることはない。ただ、自由の副産物のしての社会的害悪への対処が行われ、その延長上で多少の自由への制約が課されるだけだ。
 しかしながらここではまだ、そうした政策主体がどこからやってくるかは十分には明らかではない。ただ、自由な場としての「欲求の体系」において、ただ自分の私益を追求するだけではなく、自発的に公益の追求に目覚めた者たちが登場し、これが社会的身分・階層としての官僚層を形成する。
 国家はこの官僚層と、自治団体を基盤とする職能代表、そして農村に基盤を置く土地貴族から構成される議会によって「政治」を行い、「政策」の実行を行政機構に命じるのである。


 子供っぽいアナロジーを使えば、ヘーゲル『法の哲学』の国家は、まさに城塞都市によってうまくイメージできる。都市は中心に天守閣を備えた城郭に囲まれた市街地と、その周辺の田園地帯からなる。天守閣にはお殿様が控えており、階下には役所と議会を備えたシティ・ホールがある。市街地にはもちろん、市場や祭礼、集会のための公共広場もあり、それを中心にいくつかの街区が配置され、街区ごとに自治会が設けられている。
 周辺の田園地帯にはいくつかの集落があり、集落ごとにやはり小さな広場や寺院があり、司祭か庄屋が集落の指導者となる。
 議会の代議員は街区の知事会長、集落の長からなる。官僚たちは、出自は様々だが、いずれも市街地にある大学で法律や行政を学んだ者たちである。
 「欲求の体系」とはここでは、市街地を中心とする民間人たちの自由な往来のことである。それは都市とは別のものではなく、都市の一部、都市のある一面である。


法哲学講義

法哲学講義

 この長谷川宏訳はいわゆるイルティング版であり、グリースハイムによる筆記録。今ではこの他にもたくさんの筆記録の邦訳が尼寺義弘らの努力によって利用可能となっていることは言うまでもない。