小松左京「物体O」より

「しかし、いつかは、我々が世界経済に復帰する日が来るにちがいない」機械メーカーの社長が言った。「そうなった暁には、我々は世界の技術的発達からとり残され、最後先進国になっているでしょう」
「その点についてはプランがあります」
 科学技術担当の会議メンバーが言った。
「みなさん、自由競争こそが科学技術を発達させる道だと、本気にお考えですか? うぬぼれないで下さい。各社は自由競争のために重複した研究設備を持ち、パテントで技術の独占や、他社技術のつぶし合いをやって来た。外国技術導入合戦の泥試合ぶりはどうです? 高いローヤルティを払って導入した技術や設備のもとをとりかえすためにまだまだ使用できる資源や設備を、強引につぶすようなことをして来た――一社が新しい機械を輸入すると、他社の旧設備はコスト的に引きあわなくなって、スクラップになる。新製品について大衆の購買欲をあおり、スタイルは旧いが立派に使える品物を廃棄処分にする。自由競争は、生産の規模を拡大するが、同時に大変な資源と生産力の浪費をともなうのです。企業間の競争には、戦争と全く同様の無益な消耗が伴います――現段階においては、そういう無駄な消費は生命[いのち]とりです。O内地域の生産と配分は、完全に無駄のないように、計画的に運営されなければならない。また、科学技術については、各社研究員が統一的に能率よく研究出来るようなシステムを予定しています。この研究の総合的主題はただ一つ、――いかに少ない材料でもって多くのものを作るか、いかにして今まで放置されていた天然資源から、効率よく生産材を作り出すか、いかにして今まで利用されていなかった天然エネルギーを有効に使うか……」
「我々の株主や従業員は?」
「大丈夫、政府がちゃんと食わせてあげますよ。たとえあなた方が月給を払えなくてもね」
「私有権の侵害については、裁判に訴えます」と重電機メーカー社長は言った。
「非常事態宣言によって、政府の特別権限が認められていますよ。――どうかあなた方も、所有するという幻想から離れて下さい。――あなたは、会社を所有[、、]していますか?」

東浩紀編『小松左京セレクション1』186-7頁)


 確認しておくが、こういう考え方は当時(初出は1964年)異常でもなんでもなかった。小松が社会主義者だとか集産主義者だというわけではない。インダストリアリズムってこういうものだったのだ(あるいはこの時代みんな隠れ社会主義者で隠れ重商主義者だったといってもいい)。わかりやすいところでは眉村卓『EXPO'87』。

小松左京セレクション 1---日本 (河出文庫)

小松左京セレクション 1---日本 (河出文庫)

EXPO′87 (角川文庫 緑 357-14)

EXPO′87 (角川文庫 緑 357-14)