『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』を見てきたよ。

 見に行かねばなと思ってたところに某誌が特集の原稿依頼をしてきたので川崎のレイトショーに行った。


 ――感想。
 権利者による二次創作。ジャンル:「本編再構成」ないし「逆行」。
 以前前作『序』について

破綻することによってかえって人気をつかむという、カルトまがいの電波アニメだった前作を、良くも悪くも普通の健全なエンターテインメントに作り変えることが今回の新劇場版の趣旨であるということでよろしいのでしょうか。
http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20070907/p1

と書いたが、今のところそれでオッケーのようだ。いつ卓袱台をひっくり返され、旧劇場版のようなゲロ吐き展開に移行するかとハラハラしながら見ていたが、そんな心配は見事に肩透かしを食らいましたよ。
 いえ決してゲロゲロ展開を望んでいたわけではなく、老若男女が楽しめる健全エンターテインメント大歓迎ですが、どうもこのままでは、巷にあふれまくったエヴァ二次創作との差別化のポイントが「美麗な映像と見事な演出」だけになってしまいそう。
(考えてみると旧劇場版においては、あの不愉快なゲロゲロ感こそが、当時隆盛を極めていた「補完小説」や「学園エヴァ」等の二次創作との最大の差別化ポイントだったのだな。普通逆だろ。)
 つまり物語としての側面にのみ着目するならば、それは必ずしも補完小説の決定版『リィ、ナ、クルィネ』、あるいは逆行もの同人まんが『Re-Take』(たとえばここを参照。「とらのあな」通販等でまだ入手可能。またニコニコないしyoutubeにそれを編集したMADがアップされている)を超えていないのではないか、ということです。しかも物語のつくりがそれこそいかにも二次創作的な「逆行」「再構成」なんだものねえ。
 なんていうかな、この新劇場版はきっと見事に完結すると思うけど、それによってエヴァそのものを終わらせることは、もうできないんだろうなあ。多分その気もないんだろうし。


 ああ、でも旧作では決してその姿が描かれることがなかったトウジの妹とか、あるいは新キャラのマリとか、冒頭のユーロ支部や海洋研究所の描写にはなんだかほっとした。スクリーンに直接描かれていない世界も、ちゃんと存在しているという実在感が強まりましたね。旧劇場版は特に「スクリーンの外には何もない」という閉塞感が強かったので。