レヴィット&ダブナー『ヤバい経済学』書評

 2006年夏に共同通信が配信した(各地の地方紙に載った)もの。
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ヤバい経済学 [増補改訂版]

ヤバい経済学 [増補改訂版]

 アメリカの新進気鋭の経済学者レヴィットの研究を、練達のライター、ダブナーが面白おかしく紹介する本である。誰も経済学のテーマだとは信じない(プロの経済学者なら信じはするが、自分ではなかなか手を出さない)ような、いかにもくだらなそうな雑多なネタ――大相撲では本当に八百長が行われているのか、とか、「頭のいい名前/悪い名前」なんてものがあるのか、とか、ヤクの売人という商売はどれくらい儲かるのか、とか、またあるいは、お金をいっぱい使えば選挙に勝てるのか、とか――をとりあげ、あっと驚く着想で分析の糸口を見つけ、地道なデータ解析の果てに意外な結論を導き出す。
 ――という風に紹介すると、経済書・ビジネス書ファンは「ああまた例の奴ね」と思われるかもしれない。「経済」現象とは思われていないものごと――政治とか、犯罪とか、文化とか、日常生活や人間関係上の雑事とか――に対して、経済学の理論、もう少し突っ込んで言えば「人間は自己の利益を追求して合理的に立ち回るものであり、利益を上げる機会は見逃さない」という推論法を徹底的に適用してみせて、「経済学でここまでわかる!」っていうありがちな啓蒙本か、と。
 たしかに本書はそうした路線に則った本ではあるが「ありがち」ではない。第一に本書のネタは、レヴィット自身が世界で初めて手をつけ論文にしたほやほやのネタばかり、最先端の研究ばかりである。そして本書の第二の特徴は、その人間観である。もちろんレヴィットの描く人間はもちろん「合理的で機を見るに敏」だけど、そういう合理的行動を導く動機(インセンティブ)は私的利益、エゴばかりじゃない。人間は利他的配慮や道徳的義務感によっても動機付けられている。もちろんそんなことは、特に経済学嫌いの人がよく主張してきた。本書の凄みはそうした「利己的じゃないけど合理的」な人間の振る舞いを、統計解析を通じて具体的に描き出すところだ。ほどほどに賢くほどほどにトホホな、愛すべき人間たちを。