労使関係論とは何だったか

 hamachan先生の

本来労働問題というのはどぶ板の学問である労使関係論が中心であって、それに法律面から補完する労働法学、経済面から補完する労働経済学が、太刀持ちと露払いのごとく控えるというのが本来の姿。
これはちょうど、国際問題というのもどぶ板の学問である国際関係論が中心であって、それを国際法学と国際経済学が補完するというのと同じ。
(中略)
ところが、労働問題は国際問題と異なり、その中心に位置すべき労使関係論が絶滅の危機に瀕している。空間的、時間的に何がどうなっているのかを知ろうというどぶ板の学問が押し入れの隅っこに押し込まれている。そして、本来理屈が必要になっておもむろに取り出すべき労働法学や労働経済学が、我こそはご主人であるぞというような顔をして、でんと居座っている。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-2ae9.html

を読んで以来非常に腹ふくるるものがあり、佐口和郎先輩にお願いして「制度派労働研究の現代的価値― 社会政策研究との関連で」(『社会政策』創刊号)を読ませていただく。
 hamachanが「労使関係論」と呼んでいるもののことを佐口さんは「制度派労働研究」と呼んでおり、その停滞の現状に危惧を抱いていることでは人後に落ちない。そしてhamachanが論じていないその原因を考察しようとしている。

小論では、このような状況が生じた背景には、制度派労働研究が陥った二つの罠が存在すると仮定して議論を進めていく。即ち、第一は制度論の理論的更新への怠慢であり、第二は生活・福祉研究との連携の欠如である。こうした主張は、むろん事柄の半面を強調した、いささか乱暴なものである。制度派労働研究は、元来、生起している事柄を「新しい問題」と規定することに慎重であったともいえる。また第一の罠はしばしば空虚な議論に流れやすい理論上の論争を禁欲し、細部にいたる現実の分析やそこからの論理の帰納に集中してきたことの結果でもあるかもしれない。さらに第二の罠は、対象のあいまいさを回避し、分離・独立することで社会科学としての精密さを上昇させた結果であるともいえるからである。

http://www.e.u-tokyo.ac.jp/cirje/research/dp/2008/2008cj192ab.html

 ここで佐口氏は、労使関係論ないし制度派労働研究の衰退を、どぶ板的実証軽視の風潮の所産とは考えていない。むしろ理論的保守主義がその主因であると考えている。ただし実際にはこの論文も、意図したほどには制度派労働研究のネガティブな側面を抉り出せてはおらず、どちらかと言うとその遺産のポジティブな継承の道を探る方に力点が置かれてしまっている。


 おそらくここでもう少しあからさまに問題としなければならないのは、


・なぜ制度派労働研究は、大企業正規従業員、ブルーカラーの雇用と処遇をめぐる労使関係を焦点とし続け、かつ研究法においてはインテンシブな事例研究を基本としたのか? 
・労使関係論と労務管理論との違いは、いったいどこにあるのか? そもそもそんな違いはあるのか? 


であろう。


 大企業正規従業員は、日本の被雇用者、労働者全体の中で見れば、一貫して「少数派」であり続けたにもかかわらず、「彼らの日本経済・日本社会において占める位置が戦略的に重要である」という仮定が成り立つ限りにおいて、彼らをめぐる労使関係の研究が日本経済・日本社会の研究にとって重要な意味を持つ、と言いうる。この仮定が説得力を失えば、個別的にどれほど精緻な研究を積み上げようとも、その意味は見失われざるを得ない。
 また「労使関係論」が衰退したのは事実であろうが、経営学の一部門としての労務管理、人事管理、人的資源管理という研究領域は、それほど決定的に衰退したようには思われない。しかも多くの労使関係(制度派労働研究)の研究者は、大学においてしばしば「人事労務管理」「生産管理」「経営学」等を講じて糊口をしのいでもいるのである。しかしそうであるなら、「労使関係」と「人事労務管理」との異同について、我々はきちんと整理しておかなければならない。


 私見では佐口氏の言う「制度派労働研究」の中核にあったのは、氏原正治郎の指導・薫陶を受けた、東京大学経済学部ならびに社会科学研究所周辺の研究者たちの仕事であるが、それを「制度派」と呼んでしまうことは、ある重大な錯誤につながらざるを得ないのではないか、とぼくは考える。「制度派」という言葉を使うと、あたかもそれはアメリカ(旧)制度学派の流れをくむ労働経済学・労使関係研究の影響下にある、あるいは同様の問題意識のもとにある研究潮流であるかのように見えてしまいかねない。しかし実際には、このいわば「東大学派」――というより「氏原山脈」の研究潮流は米国の労働研究からそれほど大きな影響を受けていないし、また研究対象としても米国はほとんど重視されていない。むしろ「準拠国」はここでもまた英国である。また理論的に見ても、アメリカ制度学派の影響はそこにはほとんどない。むしろ影響力があったのはウェッブ以来の流れをくむ英国の労働組合・労使関係研究であり、(急激にその影響は薄れてきたとはいえ)戦前来のドイツ社会政策学であり、何よりマルクス経済学――なかんずく宇野弘蔵の学統の段階論である。つまりそれは以前ぼくが金子勝論で書いたところの、「講座派経済史と宇野段階論の影響を二つながら受けた東大応用マル経」の伝統のもとにあるのである。はっきりと「宇野派」を自認する労働研究者は徳永重良等ごくごく少数だが、その影響自体は広範に及ぶ。端的にいえば小池和男こそが、もっとはっきりとした宇野段階論の労働問題研究における継承者なのである。
(願わくば続く)